インタビュー

建物の発注者に寄り添った情報が世の中にない

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こうして山下ピー・エム・コンサルタンツ(山下PMC)に週3日程度行くことになり、マネジャーとしてプロジェクトに関わると同時に、僕のネットワークを生かしてほしいということで、広報の役割もすることになりました。

でもプロジェクトと広報を並行するのはきつかったですね。他の会社では「助っ人」みたいな立場で扱われていたけど、山下PMCでは自分の名刺も持つことになっているし、社員と同等の成果を求められます。毎日出社しない僕のような働き方を社員がみんな把握しているわけじゃないから、チームの仲間と打ち合わせの日程を調整するのも難しくて、週3日では廻らなくなってきました。そして入社して半年たった頃、広報専任というポジションが定まっていきました。

建築の技術者である自分を捨てた日

最初は自分が技術者でなくなることに、ちょっと躊躇もありましたね。でも、自分はCMの仕事は好きだけど、この会社の社員は非常にレベルが高いので、兼業で中途半端に関わりながら成果を上げるのは難しいなと気がつきました。この会社は日本のエースコンストラクションマネジャーが集まる会社なのです。けれど、外から見るとそのすごさが十分に伝わっていない。CMは可能性がある仕事だと思うから、それを広める立場で貢献しよう、と決断しました。ある時PROPSで「人が嫌がることで自分が嫌でないなら、進んでやったほうがいい」というゲストのコメントが出たんですが、この時はまさにそういった状況でした。

フリーランスマインドが染みついた今なら、迷うことなく広報の仕事に飛び込んだと思います。だって、自分の能力の新しい部分を会社が面倒を見てくれて開発できるんですから。特に建築業では広報を重視している会社が少ないので、広報を熱心にすれば建築系メディアから手厚く扱ってもらえます。だから結果を出すのはそんなに難しくないのではないかと感じていました。

CM会社の広報をするにあたってめざしたのは、建物を発注してくれるクライアントが建物のことを知るための媒体をつくろう、ということです。僕は常々、建物の発注者が建物について情報収集する媒体がないなあと感じていました。専門誌など建築系メディアが発信する情報は、業界内部の問題意識で編集されているので、クライアントが読んでもピンと来ないことが多いんです。建設プロジェクトに臨む経営者や施設運営担当者は何に困っていて、どんな課題を抱えているのか。CMはクライアントの事業への思いやこだわりを実現するのが仕事ですから、クライアントの課題に寄り添って、クライアントの問題意識に沿って発信しなければと思いました。

山下PMCは僕のような立場の人間にも幅広い仕事を任せてくれる会社なので、いろいろな角度からクライアントへアプローチすることを試みました。webリニューアルに始まって、川原社長の著書『施設参謀』を企画したり、広報誌「unsung heroes」をリニューアルしたり、お客さんにプロジェクトを語ってもらう「プロジェクトストーリー」という取材記事を作ったり、「発注者目線の仕事術」という記事を企画して日経アーキテクチュアで連載させてもらったりしました。

リニューアルした広報誌

リニューアルした広報誌

成果を出してこられたのは、自分がリスクを取ってきたから

ただ、広報は売上のある部署じゃないから、どれほどの成果を上げたか説明しにくいところが難しいです。そこに風当たりもありました。続けて来られたのは、フリーランスとしてリスクを背負ってきた経験があったから、会社の中でただ一人、失敗したら責任をとって辞めるという覚悟を持っていたからだと思います。

あと、世の中の企業の広報とかマーケティング部門って、会社のお金を使って面白いことしてやろうみたいな、ちょっとバブリーなところがあるんですけど、僕は独立していた経験があったから、「予算を使う」ということを自分ごととして考えることができたし、最小の投資で最大限の効果を上げるという視点を持つことができていたのだと思います。

また周囲に相談できる優秀な人がたくさんいる環境でもあったことが大きかったです。PROPSやシェアハウスで出会った人の助けもあって、どうにか軌道に乗せることができました。

僕がライターや広報の仕事をしているモチベーションの一つに、面白い人や会社を世の中に紹介したいという気持ちがあります。ある人物の来歴を目に見える形にまとめるとか、定評がなかった会社に評価を与えていく、というのは大事な仕事だと思います。山下PMCは面白いことをしている会社なので、正しく伝えることができれば、ちゃんと世の中に広まって影響力を持つだろうと思いました。川原社長はCMという仕事が社会に馴染むためのキーマンになりうる人だし、もしかしたら建設生産のしくみを根本から変えられるかもしれない。川原社長の存在が大きくなることは会社のためだけじゃなくて、業界のためにも、社会のためにもなると思ってやっています。

今やってるように個人で社員ぽく働くことを、僕は「背広系フリーランス」と呼んでいます。請負と社員の中間みたいな働き方は収入が一番安定するし、大きい会社なら支払いを踏み倒されることも滅多にないので安心です。そのロールモデルは山形浩生さん。コンサル会社に所属しながら、クルーグマン著作の翻訳をはじめ、ブログ「経済のトリセツ」や書籍で精力的に執筆活動を行っている兼業フリーランスの究極系ですよね。あんなふうになりたいなとずっと思ってました。

(取材・文 たかぎみ江)

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