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#studygift 騒動2/2:批判の封殺が業界の健全性を殺しかねないという問題

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昨日は、「#studygift 騒動1/2:1人の人間に責任を押しつける姿勢が、業界全体の信頼を失わせる」というタイトルで、炎上案件に対して、1人の人間に問題を帰着させることの危険性について、耐震偽装問題の教訓から指摘させていただきました。今日は、ソーシャル界隈における今回の騒動に関する反応について、述べさせていただきます。

○指摘に対して全力で潰しにいった冷静さを欠いたブロガー達
「面白ければ、多少の欠陥があっても許される」という姿勢は、ある一線を越えたときに破綻を招きかねません。β版を改良するような継続的なサービスを前提とするようなものであればまだしも、出資という一発勝負のスキームでずさんなモデルではコミットしづらいものがあります。

まして、ソーシャルメディアを使ってその影響力をプロモーションに転換するようなサービスモデルを作っている以上、批判を封殺すれば炎上するのは当然の帰結だったことでしょう。こうした姿勢は、今回のstudy gift を支援していたブロガー達に共通するところがあります。Knout の強力な方々が、炎上コメントと冷静な指摘を大くくりにして、批判に対して封殺するような動きに出たところに根強い問題を感じます。業界の空気に冷静さを欠けば、業界全体の信頼が失墜することになりかねないのです。

どの業界も、それなりに横のつながりはあるもので、業界は狭いなどと形容されますが、同じ業界のプレイヤーであるならば、脊髄反射的に過激な発言を吐くだけで無く、その影響力を駆使して事件のウラ取りをしにいくくらいの冷静さを持って欲しいものです。それとも情報チャネルをお持ちじゃないのに、無批判に持ち上げられたのでしょうか?

更に悪いことに、信者や晒しRTと言った形で、「ざまーみろ」とか「風紀委員」のような発言がTLに何度も浮き上がってくる事となりました。これは、ある特定の人々を念頭にして発言したのだろうと推測されますが、結果的に元々たいして関心のなかった人たちに対しても、本件にネガティブな感情を増幅させてしまったのではないでしょうか?

○真っ当なサービスとそうでないサービスの区別は容易にはできないということ
残念ながら多くの人にとって、真っ当なサービスとそうでないサービスとの区別することは容易ではないということです。であるから、よくわからないものを無批判に受け入れるのは危険だし、それを無責任に「嫉妬」や「風紀委員的」などという言葉で葬ってよいものではないのです。

ここに1つの事例を紹介しましょう。我々建築の業界には、「元東大助手のアニリール・セルカン論文盗用・経歴詐称事件」という興味深い事例があります。

セルカンは論文盗用などという生易しいものではなく、宇宙飛行士の写真を自分の顔に差し替えて元宇宙飛行訓練生を詐称し、オリンピック出場や海外の留学経験などの経歴も詐称、講演や自身の本で披露した最先端の理論のほとんどが引用・改ざんを伴うものであり、詐称した経歴を利用してセルカンスクールなどの資金集めまで行っていました。全部盛りの経歴は、イスタンブールのスルタン・アフメットのインチキ絨毯屋のやりくちとなんら代わり映えのないものでした。

セルカンのプロモーション手法には怪しいものがあり、私も何度か批判したことがありますが、「有能な人間に対する嫉妬」であるとか、「東大にいるのだから」のように盲信し、彼の周辺にいた当事者以外の人間が積極的に疑いを抱く相手に圧力をかけるような、今回studygift騒動のような構図が度々みかけました。


○ろくに精査せず勝ち馬に乗っかる人間ほど、責任をとらない

くだんのセルカン氏は、ネットで地道に公開検証作業をかさね、ついに追い詰められることになりました。追い詰められたセルカン氏は、行方をくらましなんの現在に至るまで責任もとっていません。

セルカン氏の件では、結局東大は、2年以上の調査期間をとったにもかかわらず、研究資金流用という明快な問題に対してのみ、セルカン氏の上長である松村秀一教授に対して停職1月の懲戒処分を課したのみで、調査で得た情報を開示することもありませんでした。

公的に責任を追う立場にある人間ですらこれで、紙媒体やブログなどで彼のプロモーションに乗ってしまった人たちから、反省の弁を掲載するような潔さはありませんでした。渦中にいた業界の影響力のある人々は、真摯さとはかけ離れた対応であったように感じます。有力なブロガはその影響力を駆使して、無名の人間からの指摘を封殺しがちですが、どのように考えられているのでしょうか?

○やまもといちろうさんに、健全な批判精神を見た
特に、第一報である「家入一真さんの例の件で願うことなど」は、やまもとさんの普段の切り口らしからぬ慎重な書き口であったように感じました。

この記事の指摘にあるように、本来のように支援を目的としたサイトとしてサービスを継続するにしても、指摘しなくてはいけなかったのは、スキームの健全さであっただろうと感じています。同じ業界の人間が冷静な見解をリリースできる環境こそが、自浄作用が働く環境こそが無用な規制を防ぎ、業界内外とコミットして成長できる環境を作り出していく、可能性を見ました。平易な言葉でいれば、「IT業界ってこういう時にちゃんと発言できる業界人がいて、いいね」、と。

冷静に考えれば出資が絡む案件ですから、善意による支援や寄付をという形を謳っていても、前提になる情報をリリースした後に差し替える手法などは、善意を謳っているサービスの供給側として真摯な態度とはいえなかったのではないでしょうか?

○まとめ:そろそろ業界としてのスタートアップの時期は終わったんじゃない?
個人的にはこうした善意の活動へ寄付行為を行う際に、応募人に対する監査に当たるプロセスがないことも、そろそろなんとかしてくれよ、と思うわけです。文句言わずに支持する人間だけが支持すればいい、というような乱暴な進め方をすれば、それに疑問を抱く人からあれこれ痛くもない腹(結果的に痛かったワケですが)を探られることになるわけです。健全な投資を引き出す為の担保の対価として、サービス運営料を支払う形に帰着できないものでしょうか?

現状、1ユーザーから新規サービスの地雷を踏み抜くのが怖くて、とても寄付に踏み込める状況ではありません。現在、そしてこれから先鋭的なサービスを作られる皆さんには、是非健全性をレーティングするサービスをつくっていただきたい、と願うものであります。

IT業界に身を置かれる皆さまには、今回の騒動を一過性の祭りと捉えるのではなく、姉歯秀次とアニリール・セルカンという2人の傑出した負のタレントを輩出した、建築・不動産業界の二の舞いとならぬよう、自立的なチェック機能を確立していっていただきたいものです。

目次
(前)#studygift 騒動1/2:1人の人間に責任を押しつける姿勢が、業界全体の信頼を失わせる
(今)studygift騒動2/2:批判の封殺が業界の健全性を殺しかねないという問題

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