アイドルマスターの現場から

劇場版アイドルマスター最速レビュー #ネタバレあり #imas

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 劇場版アイドルマスターの最速上映に行ってきた。良い点も悪い点もある映画だったと思う。

ネタバレも含めてレビューを書くので、未見の方はブラウザを閉じられることをオススメする。

 

 

○中盤以降のシナリオに疑問:志保と可奈をどうしたかったのか?
劇場版アイドルマスターのシナリオは、大きく3つの構成に分けることができる。
序盤の合宿編、中盤のミリオンを取り巻く葛藤編、後半のライブ編。

実際の上映ボリュームから行けば、3:5:2といったところで、中盤が冗長に感じ、ややバランスに欠けるところがあった。

中盤から描かれた、ミリオンライブの志保と可奈を中心とした葛藤は、やや冗長に感じた。ミリオン勢を優遇するのか、冷遇するのか、方向性をはっきりすべきだったと思う。

途中で練習に来なくなった可奈に対して、アニメ版の春香のキャラクターの位置付けから行けば、迷わず早い段階で志保に会いに行ったことだろうし、アニメ版23~24話を経た春香にとって、悩みの対象が矮小すぎるように感じた。

また、志保がアイドルをやめたいと思うくだりが、やる気ではどうにもならない肉体的な問題(過食による体重増)は、対面で話し合えば解決するような問題ではなかったのにも係わらず、そこをやる気で解消してしまった描写しかなかったところに映画だからでは納得できえぬご都合主義を感じた。

尺の問題だが、問題抽出までに過度の時間をかけ、問題解決に対するプロセスと結果の描写(ライブ)が過小なものになってしまった。シナリオ後半の尺の使い方として果たして正しかったのか、疑問が残る。

ライブの描写にも違和感を感じた。遠景のアングルという着想はよかったが、3Dレンダリングが「不気味の谷」のようになっていた。3D空間でのカメラ移動で、カット割り毎での視覚補正が働かず、キャラと観客の規則的すぎる動きが違和感を増幅した。これまでのライブシーンの作画がこれ以上にないくらい素晴らしい出来だっただけに、3Dへの違和感のせいで画面に入り込む事ができなかった。

中盤以降の葛藤の尺を5~10分削り、ライブシーンソロ曲+バックダンサーの構成を描くべきだった。全体曲で舞台後方でバックダンサーがまとまってクラップしている描写がされていて、765プロのライブにおける一体感もあったものではなかった。

実演された、横浜アリーナでの7thライブの方が、キャストとバックダンサーの一体感が感じられたし、キャストを引き立たせるためのバックダンサーの苦労も美しく感じられたはずだ。ライブシーンは、劇場版だからこその+αは感じられず、〆にライブを持ってくれば鉄板だったはずなのに、綺麗にまとめることに失敗した印象を受けた。

 

○ミリオンメンバーと「引いたプロデューサー」、2つの目線が紡ぐ765プロのものがたり
ミリオンライブのメンバーが参加したことで、765プロをとりまくものがたりに縦の目線が挿入され厚みのある関係性が描かれた。また、プロデューサーがライブ後に不在となることが念頭に置かれ、アニメ版よりも引いた形でプロデューサーが関与しており、プロデューサーがいなくなった時の765プロの姿が透けて見えるようだった。

これら2つの目線を通じて、キャラが立体的に描かれるようになった。
まず、ミリオンのメンバーがものがたりに加わったことで、765プロのメンバーの描写に幅が広がった。アニメ版のフラットな関係で、765プロの13人の中では、雪歩ややよい、響がどうしても割を食ってしまう描写があった。

劇場版にてバックダンサーの7人が苦労する描写は、アニメ版13話までの雪歩ややよいの描写に重なるものがあった。弱さを克服しゲーム版で見せていた雪歩が持つ芯の強さが、後輩たちへ助言するシーンなどの描写などでうまく表現されていた。前半の合宿では、ミリオンのメンバーを加える設定がうまく作用していた。

また、志保は765プロの矛盾をうまく突く役割に納まった。アニメ版後半で美希が託されてきた役割を担うことで、765プロの信頼感の醸成や矛盾を内包しながらそれでも前に進んでいく姿を描き出す役割を担っていた。美希や伊織は、志保との対比で、彼女たちのパーソナリティがこれまでよりも広く描写されていた。

765プロの普段の活動に外との関係性が加わったことで、雪歩の成長やあずささんの周囲への気遣い、真の暗さを払拭するような前のめりな発言など、13人が横並びに成長していて見えにくかったものが、ミリオンとの対比で可視化されていた。

プロデューサーの存在が希薄になることで、精神的な支柱としてプロデューサーが描写されていた。765プロのメンバーが成長し、アニメ版では春香が自分で答えを見つけ出したように、765プロのメンバーとプロデューサーとの手取り足取りの関係性から脱却しつつあった。それに甘んじていてはいけないというプロデューサーの想いが、「ハリウッドへの研修」という原作での設定にうまく被せていったように感じる。

 

○前半 90点 後半50点 総評70点:ものがたりの裾野を狭めて良かったのか?
前半の疾走感は、劇場版ならではのものであり、一気に引き込まれるものだった。765プロが頂点に立った姿と勢いがそこには描かれていた。合宿における人間関係の幅広さというのは、765プロとそれをとりまくプロデューサーたちが耕してきた豊かな土壌を活かしたものだった。実際、中盤途中までは時の流れを忘れて没頭することができた。

中盤の後半から後半にかけての描写は、前述したとおりだ。ミリオンのメンバーのバックグラウンドが浅く、受け手に関係性のコンセンサスがないなかで、劇場版という短時間で納得できる設定まで昇華することができなかった。

総評として、アーケードからぼちぼちかじっていた私にとっては満足感が上回るものだった。しかしながら、アニメ版から入った方でアニメ以外のコンテンツまで手が伸ばせていない方にとっては、少々不親切なシナリオのように感じる。

アニメ版は、ゲームではたどりつけなかったくらい広い裾野を開拓していて、その層に対しては配慮していくべきなのではないかと思う。裾野の広さを意識してアニメの系譜は描かれなくては行かないのだと思う。ゲームという「専門誌的領域」から、アニメという「一般誌的領域」へ移行すべき時、新規ユーザーとコンテンツとの距離感を見直すべきなのだろうと感じる。

劇場版をこれまでの「765プロのものがたり」の集大成であるという位置付けでなければ、十分に楽しめるものだった。惜しむらくは、劇場版という興業ならでは周囲の期待感と、劇場版のシナリオの位置付けにおおきな乖離があったことだ。

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